Under the Bridge

a Picture of the Late Him

初詣

2010年1月 4日 13:53 | Writer: yoshi | 記事本文 | コメント(0) | トラックバック(0)

連休最終日。
近所の香椎宮へ、初詣に行った。

香椎宮は、うちから歩けば大人の足で20分、車で行けば4~5分ほどではないかな。
行ってお参りして、みくじひいて、甘酒飲んで帰ってきた。

香椎宮の歴史

社伝では仲哀天皇9年(200年)、熊襲征伐の途中橿日宮(かしひのみや、記は訶志比宮)で仲哀天皇が急逝したため、神功皇后がその地に祠を建て天皇の神霊を祀ったのが起源とされる。養老7年(723年)、神功皇后自身の御神託により朝廷が社殿の造営を始め、神亀元年(724年)に竣工された。この2つの廟をもって香椎廟とする。延喜式神名帳の記載はないが、『続日本紀』などの国史には香椎廟・香椎宮・樫日廟などの文字が見える。日本全国には「香」の一文字を冠した神社が多数あるが、ここ香椎宮から勧請した例も少なくない。

古くから朝廷の崇敬厚く祈願・奉幣等は宇佐神宮に次ぐ扱いを受け、伊勢神宮、気比神宮、石清水八幡宮と共に「本朝四所」と称された。神亀5年(728)11月、太宰の官人等、香椎廟を拝んだ後、香椎の浦でつくった歌に大伴家持の一首が万葉集に載っている。「いざ児等香椎の潟に白妙の袖さへぬれて朝菜つみてむ」(6-957)

武家からも尊崇を集め、室町将軍足利義政、天正15年(1587年)に小早川隆景、福岡藩主の黒田家の造営、修築が伝えられる。

明治時代に官幣大社となる。終戦までは勅祭社に指定され、現在でも十年に一度吉日を選定し、宮内庁より勅使が遣わされている。最近では平成17年(2005年)に遣わされた。

写真
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